Not quick a Nine

納得いかない!!

19  10 2006

今更いじめって言ってもねぇ

ここ最近いじめ問題がことさらクローズアップされていますが、あんなもんず~っと昔からあった訳で、何を今更?って思う。

実を言うと、私もいじめられっ子だった。もう30年近く前の事だけども、今でもその時の様子は鮮明に覚えている。

小学5年の時、私には仲の良い友達Y君がいた。その子はちょっと足が悪いわけでは無いけども、ちょっと足を引きずって歩く癖のある子で、変わっている子だったけども、私とは妙に気があった。校庭の隅でムシを取ったり、折り紙で飛行機を折って飛ばしたりと、何をするにも一緒だった。

ある日、その子がいじめられていた。理由は分らないが、塩を口へ大量に入れられたり、雑巾で顔を拭かれたり、女の子の体育着を頭から被せられたり……それはもう見ていられなかった。

いても立ってもいられずに私は、奴らを止めに入った。

「やめろよ!!嫌がってるだろ」

「Y君、やりたくもない物をやる事はないよ」

そう言って、僕は彼の手を引っ張って学校から走って逃げた。

次の日、学校へ行くと、僕の机が無かった。話しかけても誰も話しをしてくれない。

その時、いじめの対象が僕へと変わったのが、直ぐに分った。

いじめは無視からはじまり、授業中の中傷、私が何かをしゃべれば、揚げ足を取ったような言葉がいくつも返ってくる。 気を付けていないと、どこからともなく物が飛んでくる。 色々な物がどこかへ隠されて無くなる。 変な名前で呼ばれるなどなど、嫌がらせは数えればきりがない。

そのうち僕が助けたはずのY君まで、僕を無視し始め、挙げ句の果てに、いじめっ子達に囃し立てられ、殴りかかってくる始末。 やれと言われたらやらなければ、Y君はまたいじめられてしまうから、殴れと言われたら、私を殴るしか選択肢は無いのだろう。したくもない取っ組み合いの喧嘩を何度もした。

その時の担任は新任の女教師で、恐らくまだ20代だっただろうか。子供達には完全に舐められていた。そんな状況だから、先生に助けを求めても、なんの解決にもならなかった。

ある学級会でのこと、なぜか私を裁判にかけろという事になった。私の悪いところをみんなが黒板に書き出していく、当然先生も教室の脇で黙ってみていた。 あの先生はどんな心境であの時間を過ごしていたんだろうか……。 最後に有罪か無罪かを多数決で決める事になり、先生主導で多数決が採られた。 今考えれば、こんな馬鹿な話しは無いけども、5年生の私には黙って時が過ぎるのを待つしかなかった。

そのうち、朝起きるとすさまじい激痛に襲われるようになった。始めは我慢をしていたが、そのうちにどうにもならなくなり、母に泣きついた。

事のあらましを話すと、母は学校に行き抗議をしてくれた。緊急の学級父母会を開いてもらい、今後どうするべきか?を校長も含めて話し合いが行われたらしい。

早朝の腹痛が納まるまで2週間か3週間だっただろうか。それまでは学校を休む事にし、ゆっくりと家で気持ちを落ち着ける様にした。

先生も父母会が開かれてから、事の重大さにようやく気づいたらしく、いじめに荷担していた数名の指導をしてくれた。学級会では休んでいる私への手紙を書いたらしく、家へ学級委員が持ってきてくれた。

その頃はすっかり人を信用出来なくなっていた。なにしろ、親友と思っていたY君にも裏切られてしまったから。小学5年生だった私にとっては、小学校が自分の行動範囲な訳で、小学校で居場所がないと言う事イコール、この世での居場所がほとんど無いと同じということだった。

私もその時は自殺という言葉が頭を何度もよぎりつつも、その度胸が無かった。でも、その度胸がなかった故に今こうして生きている。

いじめられる奴というのは、大抵どこか尖っているもんだ。実際私もかなりの変わり者で、良く言えば面白い人、悪く言えば変人だ。でも、だからこそ人とは違った角度で物が見られるし、今の仕事にもかなり役に立っていると思っている。

人と違うから、有利な事って沢山あると思うし、そうでないと進歩が無い。

でも日本の風土はその尖った部分を一生懸命に丸めようとする。せっかく綺麗に尖っているのに、それをみんなで寄って集ってつぶしてしまう。

いじめを苦にして自殺してしまう子供達は、私から見たら、凄い度胸の持ち主だし、もし救ってあげられたなら、凄い逸材になったかもしれない子供達だ。

でも今の学校教育では、その逸材を伸ばしていくだけの余力がない。

ある小学校では、運動会の徒競走で、順位を決めないのだそうだ。最終的に全員で一緒にゴールするのだとか。嘘だか本当だか分らないけども、今の小学校を見ていると、あり得ない話しでも無いなと思ってしまう。

昔は個人競技で1等賞を取ると、鉛筆をもらったりとか、ノートをもらったりとかご褒美があったもんだ。だからこそ人よりも上へ行こうとするし、頑張るんじゃないだろうか?もっとも、物やお金で釣られないと頑張らないというのも問題なのかも知れないが、闘争心と言うものを知らずに育ってしまうと、いざ競争社会の中に放り出された時に、生きていけなくなるんじゃないだろうか?

その兆候が、今の引きこもりなんじゃないか?と思う。

私の場合は、ここぞと言うところで、母親が頑張ってくれたおかげで、私は学校社会に復帰する事が出来た。あそこで、母親が怒鳴り込んでくれなかったら、私もどうなっていたか分ったもんじゃない。そう言う意味で母親には感謝をしてもしきれないくらいだ。

いじめを受けて、かなりひねくれた心になっていた私に、母はこういった。

学校なんか嫌なら行かなくても良いんだからね。

いじめている子達は、あなたを羨ましくてやっているのかも知れない。そう考えると、あの子達は可愛そうなのかも知れないね。

素直に羨ましいって言えないだけだから、何を言われても、堂々としていればいいんだよ。

そして、いじめられても、絶対にいじめ返したりしてはいけない。いじめ返したら、自分も可愛そうな人になっちゃうんだよ。

お母さんは人に笑われるような子には絶対に育ててないから、あなたは自分に自身を持っていればいい。

私はこの言葉のおかげで、あのいじめを耐えられたと思っている。言いたい奴には言わせておけばいい、その道が正しいと思うなら、正々堂々としていればいい。

今でもこの精神でやっている。そのせいで、かなり自分勝手と言われる事もあるが、何があっても、この言葉のおかげで自分を見失わないでやって行けてると思ってる。

いじめられて自殺を考えちゃってる子に言ってあげたい。

学校なんか嫌ならやめちまえって。先生が頼りないなら、そんな先生に頼る事はない。学校だけが自分の生きる世界じゃないんだから。

そして、3児の親として思う事。

度胸なんてもんは、無いなら無いで良いのかも知れないな……と(-。-)

日頃から、サッカーなどでも度胸がないなお前は!なんて叱っていたりするけども、死ぬ程の度胸は持ち合わせなくて良いからねって思ってしまう。

あ、そうそう、私を裏切ってくれたY君……。あの一件以来、私をいじめていた子よりも遠い存在になってしまいました。一度も話しをしていません。

それだけが、心残りだったりします。今はどうしているんでしょう。

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3 Responses to “今更いじめって言ってもねぇ”

  1. じっくりと読みました。お母さんの言葉はなかなか言えるようで言えないいい言葉ですね。
    自分の考え方の転機はあの時だったなぁと色々と思い出してしまいました^^;

  2. 失礼いたします。

    いじめを少しでも減らすには、学校の改善よりも国全体の心理的改善が必要かと思われます。(このトラバが迷惑な場合、削除願います。)

  3. >>1 三代目新星さんへ

    色々な意味で母は偉大だなぁと思いますよ(^。^)
    今回のいじめ騒動が発端で、少しでもいじめという物が無くなっていけばいいんですけどねぇ。

    しかし、人間というのは本能的に争ったり、一部の人間を攻撃したりする習性があるから、それを分った上で、いじめという問題に取り組まないと駄目なんだろうと思う。

    いじめを無くすのは無理ならば、そのいじめを回避する術や、凌いでいく術を学ぶ場を提供するのも、一つの解決策かもしれない。

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